障害年金に頼ることは逃げではない

私は約10年前に精神疾患を発症し、

現在もまだ完治することなく隔週に1度の通院、

毎食後、就寝前の投薬治療を続けております。

 

病名は「双極性感情障害」。

感情の起伏が激しく、調子が良いときは人並み、もしくはそれ以上に明るい性格で活動的な人間です。

しかし一たび気分が沈むとすべてに対してやる気を失い、

体が動かなくなり、すべてがネガティブな発想になります。

 

その期間はなかなか薬も効かず時間が過ぎて少しずつ気分が上がっていくのを待つしかありません。

怒りやすくイライラし、時には周囲の人にも攻撃的になり、

また悲観的なことばかりを口にするためどんどんと友人を失ってきました。

 

また仕事に就いても季節の変わり目も必ず体調を崩し、

解雇に近い形で退職をせざるを得ない状況を繰り返しています。

 

前置きが長くなりましたが「障害年金」についてですが、だいぶ以前から医師から勧められてはいました。

同じ障害を持つ知り合いからもやはり勧められていました。

しかし、どうしても「障害」という名のつく援助というものに対し抵抗があり、

また自身はそこまでの支援を必要とはしない、

自分だけの力で最低限であっても生活をしていくことができる

という気持ちで手続きをしておりませんでした。

 

病気を発症したとき、私は大手企業のシステムエンジニアをしておりました。

休みはほとんどなく、毎日残業で、家族との時間もとても少なく家族からの不満も受けていました。

職場では上司よりパワハラを受け、いろいろなストレスに耐えていたのですが

気が付いた時にはすでに睡眠をとることができなくなっていました。

しかし当初年相応以上の収入も得ていたのでお金の不便というものとは縁遠い生活でした。

 

結局その会社へは復帰できず退職したわけですが

その後、転職を繰り返す度にどんどん経済的困窮へと追い込まれていきました。

お金がないというのは精神的のもどんどんと追い詰められなすことすべてがうまくいかない、

そういう気持ちに支配され病気は悪化していくことになりました。

 

そういう時期に離婚をし、実家へ戻ることになりました。

実家ですので経済的な苦労からは解放されましたが

今度はいい年をして親のすねをかじるという現実に自分を責めることになりました。

 

これではいけないと仕事をはじめなんとか一人でやっていける状況を作り、実家を出ました。

もちろん贅沢はできませんが収入と自分だけの時間を手に入れる事が出来、

少しずつではありますが自分に自信を取り戻す事が出来病気も安定してきました。

 

「障害年金」に話を戻しまして上記のように受給に抵抗があったわけですが

ある別の傷害を持つ人と出会い、その方は自分で会社を経営しているのですが

ここで働かないか、と私を雇ってくれました。

共通の楽器演奏という趣味もあり、一緒にバンドを組むようになりました。

仕事、趣味と1日のほとんどを一緒に過ごしていく中で

その方が「障害年金」を取得することは強く勧めてきたのです。

 

ですが、今までもいろいろな方に勧められでも耳を貸さなかった私は

その方に対しでも首は縦に振りませんでした。

それでも毎日毎日僕を説得するように勧めてきて、

「なぜ、そんない勧めるのか」と聞くと

「障害を持っていると残念ながら何かに制限がでてきてしまう。

それが例えばあなたにとっては収入とした場合、もっと収入を得るために無理をするのか?

その無理のせいでもっと大変になって仕事が出来ず収入が0になったらどうするか」

「今できる範囲の仕事をして自分の中で可能なだけの収入を得、

それで生活が厳しいのであれば、そのプラスαとして障害年金を活用する。

その為の制度なんじゃないかな?」

その言葉に涙が出るような思いになり、すぐに手続きをしました。

 

2か月に1度の受給ですが1か月にその半分の額を頂いたものに

自身で得た収入を足したものが私が今取得することのできる収入として

何も後ろめたい気持ちにならず心から感謝の気持ちを持って頂いております。






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