生活を助けてくれた障害年金

私は小さい頃から父親から虐待を受けていました。

殴る・蹴るなど虐待を受けていてツライ毎日を過ごしていました。

 

母親が助けてくれてはいましたが、どちらかと言うと消極的な性格になり、

今思えばその頃からウツっぽい性格だったと思います。

毎日、父親に会いたくない、そんな日々を過ごしてきました。

 

それから成長していったのですが、もとが自分を押し殺しているような性格になっていたので、

学生の頃は友達を作るのが苦手で、本当に気が置けない人しか心を開けない性格で、

そんなに多くの友達が出来ませんでした。

 

就職をして働きだしてからは、人に何かを言われたら即、落ち込んでしまい

自分で持ち込んでしまい、人間関係がうまく築けませんでした。

上司からセクハラの様な物も受けてツライけれど「我慢しなくては」と頑張ってきました。

 

そんな状態が長く続かずに、30歳代の頃から精神的につらくなり仕事をやめて生活していました。

私が若い頃は心療内科という病院が少なかったので、

自分が病気だとか、どこで診察を受ければいいのか分からずに家に引きこもり、暗く暮らしていました。

 

知人から病院を教えてもらって治療を始めてから先生に小さな頃からの話をしたら、

小さい頃からの生活環境が今のウツのもとになっている、

治療に時間がかかり、仕事に就くのが、長期難しいとの診断から

障害年金を受けられるようにしたら、どうですかと教えてくれました。

 

診断書とか、色々な書類を用意して、提出してもらってから結果が出るのに時間がかかりました。

それが基になって心配し過ぎてウツがヒドクなった時期もありました。

 

結果が出たのが半年以上かかったと思います。

結果は診察通り、小さい頃からの虐待が心の成長に負担がかかっていたと理解をしてくれて、

過去にさかのぼって計算してくれて障害年金を出してくれました。

やっと、治療をするのに障害年金を受け取りながら生活が出来るとホッとしました。

級は3級ですが、気持ちに余裕が出来て治療に専念できる様な環境になりました。

 

その後、父親とは離れて暮らせるようになり、

考え方、気持ちの持っていきようが段々分かってくるようになって、

ウツがだいぶん軽くなってきました。

まだ治療には通っているのですが、薬もへってきて先生との話も笑えるような感じになってきて、

自分が自分らしくなってきたと思います。

 

障害年金がもらえなかったら…と今、想像するとウツのヒドイ症状と、

もっと長い時間付き合っていたかもしれないとゾッとします。

支給が始まるまで、本当にキツかったですが、我慢して申請を下さずに待って良かったと思います。

唯一、国に感謝している事です。






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