公務員生活で健康を壊し、障がい者年金で生活することになった事の経緯

私は技術系の大学に行きました。

そして、故郷の公務員になりました。

 

しかし、入社してすぐに毎日10時半、

ほぼ終電の時間になるまで仕事があり、人間関係も複雑でした。

 

そして、入社して難しい仕事を持たされたばかりでなく

更に別分野の難しい仕事を山のように任されそれも、

好意的でなくてむしろ、潰してやるぐらい沢山の仕事を任されて

土日もなく、ついには趣味のスキーもそうそう出来なくなってしまいました。

 

ほとんど風邪以外は休ませてもらえず、若さゆえに頑張ったのですが、

何も評価されずついには新聞に載るくらいの手柄を立てたのですが、

人事異動の時、栄転どころか左遷されてしまいました。

 

まだ、今までの片道1時間半以上の職場よりは良かったのですが、

今度は片道1時間で、車で行ける所になったのは良いのですが

入社20年ほどの難しい仕事をまるごと持たされて、

更に毎日11時頃にやっと仕事を終え、ようやく家に1時頃戻る生活が続きました。

 

そして、ほとんど仕事をこなすために土日もなく

若さゆえに、職場でのサッカーの試合がありスポーツで休日を過ごすか、

仕事で休日を過ごすかの難しい選択を迫られました。

 

そして、その事務所の2年目、社会人になって5年目のになって

毎日朝3時迄、土日、休日、正月、ゴールデンウィークの休日等無く

土日も通常の時間に通勤することになり、

寝れ無いのではなく眠る時間が無い状態が続きました。

 

人員を増やすのではなく、ひたすら少ない人数で多くの仕事をしていき

上司も、厳しいと言うよりめちゃめちゃで、

前日に言った事と一晩たち、朝になるともう、昨日言った事と違い

そのため一つの仕事で何案も作らねばならず、心身ともに参ってしまいました。

 

そして、職場は特定の人を狙い撃ちにして、

うっぷんを晴らすような状態が続き人間関係も最悪でした。

 

そうしているうちに、私は頭がガンガン痛くなり医師に片頭痛と診断され、

今度は腹がきりきり痛むようになり医師に診て貰うと神経性胃炎と診断されました。

それでも、上司は大変な仕事を押し付けてきたため

私は医師から診断書を書いてもらい上司に診断書を見せて相談すると、

上司は「皆頑張っているのだから、君も頑張れ」と言い放ち

ついには、職員の健康をつかさどる職員厚生課から電話が、私宛にあり、

「すぐに、労災の手続きをして下さい」との連絡がありました。

そして、周囲も他人ごとでは無いと思ったのか、職場の数人に証言の内容を書いてもらっている中

私は現場で倒れ、病院に急遽入院になりました。

 

そして、こころの病と診断され医師の指導の元、次第に健康を回復してきました。

しかし医師の指導で、もうこの職場には戻らない方が健康のためには良いとのことで労災には間に合わず、

障がい者年金の手続きをして、退職し父の経営する、船舶関係卸小売業につきました。

そのまま公務員生活を続けていたら、私も命を落としていたかもしれないです。






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