退職するときに必要な知識

高校を卒業してから35になるまで勤めていた会社があるのですが、

色々なことがあって辞めることにしました。

 

世の中会社を辞められる方はいろいろ理由はあると思うのですが、

一つだけの理由で辞めるようなことは少ないと思います、

私も実際そうでした。

 

当時、事業譲渡で会社の仕事量は譲渡前よりすさまじく増えました。

官公庁の許認可で行う仕事で、この事業譲渡に伴う手続き、

また品質管理部でしたので譲渡先の得意先があり、

そちらから原材料を受け入れることになってその材料変更の手続き、

製品の製造量の急増に伴う単純な仕事量の増加などがありました。

 

この仕事自体に限界を感じていたこともあり、

本当はやめたかったのですが社長には若いときから世話になっていて、

そういった仕事の苦しみはいつか報われるとポジティブに考えて

日々仕事をこなすことに専心し、先のことはあまり考えないように頑張っていました。

 

しかし、製造業というのは大局的に景気不景気に影響を受けるので、

世の中が不景気であれば仕事量も減り、

逆にうま味の少ない物件でも事業規模が大きければ

否応なしに受けざるを得ないという状況でした。

 

先に述べた忙しさというのはこういった手間のかかる物件量の増加でした。

 

製品の輸送は大型車で行うのですが、

土木材料だったので、前進が土木会社の部署もあり、

こういった部署には質の低い人間が多いのも事実です。

製品は完璧なものを出荷していましたが、

そういった日々の繁忙から社内で喚き散らしたり、

色々と問題のある人も多かったのです。

 

こういった矛盾が許容できないケースがあり、ぼこぼこに殴られたこともありました。

あとで聞きましたが私が辞めた後に二人ともやめたそうです。

いい大人なので、殴られたからやめるようなことはしませんでしたが、

会社が報復を恐れておとがめは一切なしでした。

 

そして、そういった鬱積した状況で事故は起こりました。

会社の材料保管場所の清掃しているときに会社の社長が指揮して行っていたのですが、

誤って社長が転落し、材料に埋もれて窒息死する大事件が起こりました。

 

社内は派閥が多く、葬式から派閥争いです。

そのチンピラ崩れも社内政治を頑張ってたみたいですが、

そういったアホの醜い争いのために粉骨砕身がんばるという

自分の姿をどうしてもイメージすることができず、

お線香だけでもあげてからやめようと思い49日が過ぎるまで毎日線香をあげてやめました。

 

そうして転職を行うことになりましたが、この業種の程度の低さがおぞましく感じ、

職歴をみれば普通に転職することもできたのですが、

新しい分野に挑戦することにしました。

 

こういった経験で私が感じたのは、

努力は報われるケースは回りのレベルも見ていないと無駄なあがきになるということです。

 

一生懸命は自分視点で頑張っている、頑張っていないという判断なのでしょうが、

実際仕事が認められる、報われるというのは他人の評価があって初めて成り立ちます。

 

周辺の人間がレベルの低い人間だと、

こういった人を認める努力をする前に、

陥れよう、はめてやろうという芥川龍之介の蜘蛛の糸ではありませんが、

カンダタ状態になってしまうように思えます。

仕事はやはり自分のレベルにあったところで努力するのが成功の近道のような気がします。






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