心疾患になり傷病手当をもらいました。

以前勤めていた会社が肉体労働しいられる職場でした。

製綿工の仕事をしていました。

製綿工と言っても病院で扱うガーゼや脱脂綿の製造で、私も主に乾燥という部署で働いていました。

 

そこでの仕事は精煉(せいれん)という私の部署の前の製造過程から、

上がってくる窯で焚かれ、水洗いされてボトボトに濡れている綿を砕いて、乾燥させ、

40キロづつ袋詰めしていくのが私の仕事でした。

 

精煉から上がってくる綿の台車は、300キロくらいあると思います。

コマはついていますが、機械に設置するのに人の手が掛ります。

それを私一人で50メートル位押して、機械に設置します。

それひとつにしても重労働だと思います。

 

先ほどボトボト綿と書きましたが、ちょうど大きさは

コンクリートブロックぐらいの大きさの綿が台車には詰め込まれています。

それをコンベアーに乗せていき砕いていくのですが、

釘が帯状についているコンベアーで綿を砕きますが、常に危険が伴います。

力仕事ではありますが、危険ととなり合わせのしごとなので、神経を使います。

 

砕かれた綿は乾燥機を通って、コンベアーでまた運ばれ、

ドングロスのでかい袋で、1トンの圧力をかけて袋づめをしていくわけです。

ここでも危険が付きものです。

横幅1メートル50センチ、奥行き80センチほどの鉄板で、圧力掛けていきますが、

上下する鉄板の下に手をいれなくてはいけません。

綿が均等に袋にはいるようにまばらにするためです。

スタンパーが上昇した時に綿をさわるのですが、

スタンパーが下降してくるのに気付かず頭をいれてしまえば死んでしまうような職場でした。

 

そこで私は11年勤めました。

あるときに私に異変が生じました。

職場で胸が苦しくなることがありました。

1日中ではありませんでしたが、寒い日などがよくなりました。

我慢をして作業をしていましたが、最悪なことに立って仕事ができなくなるほど胸が苦しくなったことがありました。

職場までは単車で通っていましたが、単車にまたがって会社にいくことも怖さを感じるまでになりました。

 

会社には事情を説明をして、病院へ行って、診察をしてもらいました。

聴診器を当ててもらい、1度、機械をつかい不整脈の検査をしましたら、異常が見られました。

医師より「仕事に行ってはいけない!休暇が必要だ。」と言われ、

会社にに申し訳ないですが、傷病症手当の手続きを取っていただきました。

1年半は休みました。

 

1か月に一度、ハローワークが出している書類に医師に診断内容を書いてもらい、

ハローワークに直に行って書類を提出しました。

私はハローワークすら一人で行けなくて、家族に付き添ってもらい行きましたけど。

 

私の場合、1か月、11万ほどのお金が申請した口座に振り込まれていました。

今まで社会保険料として、給料からたくさん天引きされていましたが、

この時ばかりは社会保険を掛けていて良かったと思いました。






お金の心配をしないで会社を退職して傷病手当金を受給する方法

退職後も傷病手当金を受給し続けるには、
退職前から受給を開始しておく必要があります。

傷病手当金を確実に受給したい人の為に、
複雑な手続きに一人で不安にならない為の、
傷病手当金受給マニュアルがあります。

傷病手当金受給マニュアル


退職後の傷病手当金 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL