休職、退職に伴う傷病手当金

当時私が20代後半の時でしょうか、初めて傷病手当金を頂いた体験談です。

それまでは傷病手当金というものの存在すら知らなかった私ですが、

会社との和解で頂くことになりました。

 

私が傷病手当金を頂くきっかけとなった病はメンタル的なもので

鬱病と適応障害だと診断されました。

 

当時私は単身赴任中で、まぁ長くても1年から1年半くらいの単身赴任でした。

部屋は社宅が用意されており、そこに住んでいました。

 

前の現場である程度の役職があった私ですが、役職はそのままでの単身赴任でした。

仕事内容に大きな違いは無いのですが、慣れない土地や現場で最初は戸惑いを感じました。

 

まぁ、慣れるまでは自分の部下にあたる方へも敬意を払い、

あくまで下手に出ようと思っていたのです。

 

しかし、その現場がちょっと特殊だったのです。

わざわざ社宅まで用意されて、他の県からスタッフを呼ぶ理由があったのですが、

勤めてみてよくわかりました。

 

そこのお店は店長(私の上司)にあたる方は男性ですが、

そのほかはほとんどが女性で、悪い意味で女帝国だったのです。

もちろん現地で生活している職員もいるのですが、完全にお局状態になっており、

店長もそれに従うしかないような状態でした。

 

特別歓迎もされなかった私ですが、どうやらお局さんたちが気に入らなかったようで、

雑用とクレーム対応ばかりさせられました。

自分の業績にかかわる仕事はさせてもらえない状態で

「数字出さなきゃいけないだろ?」

と上司から叱咤される毎日が続きました。

 

理不尽だとは思いましたが、私は誰にも相談せず、堪えていたのです。

まぁ、それでも雑用だってクレーム対応だって立派な仕事だと自分に言い聞かせていました。

 

その状態に慣れてきたころに始まったのが、無視と明らかにキャパオーバーの仕事でした。

挨拶しても呼び掛けても無視、お疲れ様も、ありがとうも、ありませんでした。

 

その時点でもう大体その職場の闇には気が付いていたのですが、

単身赴任時に最低勤務期間(ちなみに一年)を会社から提示されていたので

私は耐えるしかありませんでした。

 

その後に仕事のを次々押し付けられ、

他のスタッフは帰宅しているのに私だけサービス残業、

ランチタイムもろくに取れない日が多くなりました。

 

ちょうどこのころから始まったのが不眠症です。

目を閉じても頭から仕事のことや職場のストレスが離れず、

一日数時間しか眠れない日が続きました。

 

そうなるとやはり体調も崩しがちになり、

出勤はしていたのですが他のスタッフにうつるから迷惑だと叱咤され、

八方塞がりの状態でした。

 

決定打となったのはパワハラでした。

女性陣からのいじめに近い行為もそうですが、店長からもパワハラが始まったのです。

全く私が関係ないトラブルも私のせいだと他の職員が報告し、上司から厳しく叱咤される毎日。

もちろん私の意見など聞く耳など持ってくれませんでした。

 

体調も悪いし、日に日に心が削られていく日々で本当に苦しかったのですが、

友人からの一本の電話が私を変えてくれました。

「心療内科、行ってみたら?」

 

精神科は知っていたのですが、心療内科というのを知ったのもその時が初めてです。

とりあえず物は試しだと、一番近い心療内科へ通い始めました。

診察というよりはほとんど会話に近い状態で、

出身地がたまたま一緒で先生とはすぐ意気投合しました。

 

1回目の初診で睡眠薬等の薬を処方され、月に二回通っていました。

しかし、そこに通ったからといって職場の環境が変わるわけでもなく、

薬はどんどん増えていきました。

 

とうとう医師から仕事に関してドクターストップがかかりました。

しかし、本当はいけないのでしょうが、今休むとクビになるとなんとかドクターを説得し、

安定剤を飲みながら仕事を始めたのです。

 

安定剤のせいか、心が喜びも悲しみも感じなくなっていました。

「クビにするぞ」と上司に脅される毎日

喫煙所があるのに私だけタバコを吸わせてもらえない毎日

ランチは栄養ドリンク1本の毎日

 

正直周りからみても狂っていたと思います。

並行して病院の先生にはいつ、誰に、何をされたのかを

書き留めておくようにアドバイスをもらいました。

 

そんなある日本社から部長が来ました。

私の面接を担当してくれた恩がある方です。

最初は、体調悪そうだね?大丈夫?くらいだったのですが、

仕事の雰囲気を見て私の様子がおかしいことを感じたようです。

 

そしてランチもろくに取らずに安定剤を飲んでいるところが見つかり、別室に呼び出されました。

私はためらいましたが、今自分に起きている事、病院へ通っている事、

そして事の次第を書き綴ったノートを部長に見せました。

 

部長は、いい意味で今すぐ帰宅すること、

そしてこちらから連絡があるまで出勤しなくていいことと

病院からの診断書をもらってくるように言いました。

 

この話は会社としてかなり大きな問題になり、

最終的には常務まで出てくる話になりました。

 

私は正直に退職したい旨を話しました。

そして会社としては医師が3か月の休養は必要だという診断書を書いてくれたので、

退職日を三か月後にしてそれまで傷病手当金をだし、

社宅は利用してもいいという条件を提案してくれて、それに従う事にしました。

 

傷病手当金には特別な用紙があり、会社から送付されてきました。

家賃が無かったので何とかやりくりできましたが、

給料の支払いとは全くサイクルが違います。

 

例えば10月分の傷病手当金を頂くために医師に診断書を書いてもらい、

会社に提出すると約一か月後に振込されます。

そのため最初に申請時はお金が振り込まれるまで2か月ほど時間が空きました。

 

事前に言われていたのですが。支払われるのは給料の約7割でした。

3か月間、部長からは好きなことしていなさいと言われましたが、

かなり時間を持て余しました。

昼間からお酒を飲む気にもなれず、知り合いもいない土地だったので、

逆に孤独を感じてしまいました。

 

休み始めた当初は、それでも職場に仕事に行ってしまったことが何度もありました。

何もしないのはそれはそれで辛いので、

ちょっと凝って自炊をしたり、好きな映画をたくさん見ていました。

病院だけが唯一落ち着ける場所だったので相変わらず月に二回は通院していました。

 

退職後は上京しようと決めていたので、

最後の一か月だけはややバタバタしていたように感じました。

幸いにも目立った引継ぎは無かったので、

職場に残った荷物や会社の事務処理等で退職前に数回職場に足を運びました。

 

ほかの社員たちがどう知らされたのか知りませんが、

今までのことが嘘のようにフレンドリーでした。

しかし私は現実を知っていたので、職場には簡単な挨拶だけ済ませて、退職日に上京しました。

 

こういった形で傷病手当金をもらう方は少ないでしょう。

主にケガや病気などで仕事ができないときに支給されるはずです。

 

実際頂いて気を付けなければいけないと感じたのは、給料とサイクルが違う事です。

貰い始めた時も時間が空きましたし、また勤務再開するときも時間が空きます。

時間ばかりあり無駄なお金を使ってしまいそうですが、

期間中は療養に専念し、出来るだけ貯蓄しておくことをお勧めします。






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